大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)877号 判決 1971年12月09日

理由

一、原審被告高瀬七兵衛が控訴人に対し本件土地を代金八、〇八〇円で売渡し、即日同人から内金四、〇〇〇円の交付を受けたことは、当事者間に争いがなく、証拠によれば、右売買契約は、昭和二三年八月二日に締結されたことが認められる。控訴人は、右売買契約は残代金の不払が原因となつて昭和二五年五月頃合意解除されたと主張するけれども、右主張に添う証拠は、後に認定する右日時頃の控訴人の言動に徴してにわかに信じ難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。よつて、本件土地の所有権は当時控訴人に属していたというべきである。(なお、《証拠》によれば、被控訴人(同人が控訴人から本件土地を買受けたことは後に認定するとおりである。)は、高瀬七兵衛に対し、本件土地の残代金四、〇八〇円を弁済提供したが受領を拒絶せられたので、これを供託したこと、及び後に高瀬、控訴人間において右代金額が金六万九、〇〇〇円に変更され、そのうち一万五、〇〇〇円が未払になつていることを聞知するや、被控訴人は、右未払分を供託したことが認められ、これらの事実によれば、右残代金も既に支払を了したものというべきである。

二、被控訴人は、昭和二五年一〇月末頃控訴人から本件土地を代金五〇万円で買受けたこと、右売買の動機は、被控訴人が控訴人に対して有する五〇万円の貸金債権の回収にあつたことを主張し、控訴人はこれを争うので、以下これらの点について判断する。

《証拠》を総合すると、

被控訴人は、当時夫であつた坂上虎雄と離婚することになり、昭和二五年三月頃以来右離婚の条件につき右坂上と協議を続けていた。他方その頃亀田始一、外村弁太郎、奥田祐らは、訴外会社の設立を企て、控訴人も亦自己所有の本件土地等を出資して右設立に参画しようとしたのであるが、右亀田から現金以外の出資を拒わられた。右の事情で、控訴人は、当時現金調達の必要にせまられていたのであるが、たまたま被控訴人らの右離婚のための立会人となつて、被控訴人が離婚に際し金員の分与を受けることを知つた。そこで、控訴人は、被控訴人に対し右分与金を訴外会社に出資することをすすめたが断わられたので、代案として、控訴人自身が被控訴人から金五〇万円を三カ月の期限を定めて借り受けてこれを右出資金にあて、右貸金の担保として本件土地等を提供することを提案し、ようやく被控訴人の承諾を得た。かくて被控訴人は、昭和二五年四月中頃坂上から分与された金員のうち金五〇万円を控訴人宅に持参して同人に貸与し、控訴人は、同年五月本件の権利証と高瀬七兵衛作成の委任状、売渡証(本件土地の)、及び同人の印鑑証明書(以上をまとめて本件権利証等という。)を被控訴人に交付した。しかるに、控訴人は、弁済期限が経過しても右貸金を弁済せず数回に亘る督促にも応じないので、困惑した被控訴人は、弁護士中塚正信に解決を依頼し、同弁護士において控訴人に会い善処方を要請した結果、同月一〇月末頃控訴人は本件土地等を代金五〇万円で被控訴人に売渡すことを承諾し(以下この売買を本件売買という。)、本件売渡証等(ただし、その内印鑑証明書は印鑑証明書用紙に控訴人の判を押捺しただけのもの)を交付した。その際、右売買代金の支払に代え各五〇万円の貸金債務を消滅させる趣旨のもとに、右債務の弁済期日に近接した同年七月一五日を本件売買契約成立の日として右証書に記載した。

以上の事実が認められ、右認定に反する《証拠》は、前掲証拠に照して措信できない。

もつとも、《証拠》によれば、訴外会社は、資本金六〇万円で昭和二五年四月八日設立されたものであるが、右会社の設立発起人である前記亀田始一(同人が右会社の会計を担当していた。)及び外村弁太郎らは控訴人から被控訴人が訴外会社に出資する予定である旨聞かされていたため、被控訴人をして訴外会社の監査役に就任せしめその旨設立登記を了したこと、右亀田らは、会社成立後の同月中旬頃(この時期の点に関する《証拠》は措信しない。)現実に控訴人から金五〇万円の交付を受けたのであるが、その際被控訴人自身右交付の席に立ち会つたこと、亀田らは、その席で控訴人から右金員は被控訴人が出捐したものであり、内金三〇万円は、訴外会社に対する被控訴人の出資金であり、残りの二〇万円は、訴外会社に対する被控訴人の貸付金である旨説明を受けたので、以後右金員をそのようなものとして取扱い且つ被控訴人を株主の一員に加えたこと、他方被控訴人としても、控訴人から、自己が訴外会社の監査役になつており近い将来訴外会社が順調に利益をあげるようになれば株式を与えられるであろう旨聞かされていたこと、ところが、同年七月早くも訴外会社は経営の行詰りに直面し、第三者に営業を譲渡しようとの気運が盛り上つたため、同月末頃亀田始一、外村弁太郎、奥田祐、控訴人ら(以上いずれも訴外会社取締役)が外村宅に集合して協議した際、被控訴人もこれに同席し、前記金五〇万円につき内金三〇万円は出資金であり、残金の二〇万円は貸付金であるから金二〇万円につき即時弁済してほしい旨発言し、亀田ら四名の共同振出にかかる額面金二〇万円の約束手形一通の交付を受けたこと、前記認定の七月一五日付売渡証書作成の後である同年一〇月末ないし一一月初頃被控訴人は、自己と訴外会社との金銭関係を記載したメモを控訴人に交付したのであるが、同メモは被控訴人が訴外会社に金三〇万円を出資した旨記載されていること等が認められ(右認定を覆すに足る的確な証拠はない。)、被控訴人から控訴人への金五〇万円の金員授受の趣旨が被控訴人の訴外会社への出資にあるのではないかとの疑いが生じる余地がないではない。しかしながら、前認定の被控訴人が控訴人に金員を交付するまでの経緯に照らすと、控訴人が訴外会社に出資するに当り被控訴人の名を用いることはあり得ることであり、このように考えるならば、被控訴人が訴外会社の株主となつたこと、同じく監査役となつたこと、金員の授受に立会つたこと、亀田らが五〇万円の金員を訴外会社への一部出資金一部貸金として取扱い、被控訴人も亦これを肯定する発言をしたこと、以上の各事実と、被控訴人が控訴人に右金員を貸付けた事実とは必ずしも矛盾するものではない。又右メモの記載は、訴外会社に対する出資金を回収するための資料として訴外会社に提出する目的で控訴人の指示に従い被控訴人が作成したもので、控訴人被控訴人間の覚書とは性質を異にすることが被控訴人本人尋問の結果(原審第三回及び当審)によつて認められるから、その内容が控訴人が被控訴人に対し金五〇万円を貸付けた事実と符合しないからといつて異とするに足りない。

そうすると、本件土地は、昭和二五年一〇月末頃控訴人から被控訴人に売却され、その売買代金の決済も既に完了していることが認められるというべきである。なお、控訴人は、本件売渡証等の交付は、債権者からの強制執行を免れるためのもので売渡の意思に基づくものでない旨主張するけれども、右主張に添う《証拠》は信ずるに足らず(本件土地の登記簿上の所有名義人は高瀬七兵衛であるから執行を免れるため名義を変える必要はない。)、他にこの点に関する証拠はないから、控訴人の右主張は採るを得ない。

三、控訴人は、本件売買は売買の形式をかりた担保権の実行にほかならないから、被控訴人が既に件外物件を他に売却し二五〇万円を超える買得金を得た現在被担保債権は消滅し、控訴人は、本件土地を取戻すことができると主張する。思うに控訴人が、昭和二五年四月中頃被控訴人に対し五〇万円の債権の担保として本件土地等を提供することを約して本件権利証等をあずけ、同年一〇月末頃本件売買契約を結んだことは前認定のとおりであるが、これらの行為を法的観点から考察するならば、被控訴人は控訴人と本件土地等を目的とする代物弁済予約又は売買予約形式の債権担保契約を結び、しかる後右担保権の実行として本件売買契約を結んだとみるべきであつて、右売買は清算の手段たる性格を有することとなるから、被控訴人としては本件土地等の評価に当つて適正を期すべきであり、そうでなければ更に清算をする必要を生ずる場合もあり得ると解すべきである。そこで、右評価が適正になされたか否かにつき検討するのに、原審における鑑定人佃順太郎の鑑定の結果認められる本件土地等の昭和二五年七月当時における適正価額が合計金八四万八、一二五円(但し土地は更地、建物は空家としての価額。当時これらは控訴人の占有下にあつたことが原審での控訴人本人尋問の結果(第二回)認められるから実際の価額はこれ以下と考えられる。)である事実、被控訴人本人尋問の結果(原審第二回)認められる本件売買当時被控訴人としては本件土地等を取得するより金五〇万円の返還を受けることを望んでいた事実、本件土地等は、数箇の物件から成つているのであるが、控訴人は、脅迫されたわけでもないのに(弁護士中塚正信の要請によるものであることは前認定のとおりである。)、右物件全部の売渡証書を交付している事実等を総合して判断するときは、右評価は、当時当事者間において適正になされた結果、右売買がなされたものと認めるのを相当とする。よつて、本件売買は、何ら負担のないものとしてなされたのであり、被控訴人は、これにより本件土地等の所有権を無条件で取得したものというべきである。してみると、被控訴人がその後件外物件を処分して二五〇万円を超える買得金を取得した(このことは弁論の全趣旨により認めることができる。)からといつて、それは、自己の所有物件となつたものをその後の値上りにより取得し得たものにすぎないから、それが、遡つて被担保債権消滅の原因となつたり、本件土地の取戻を請求する根拠となつたりするわけのものでないから、頭書の控訴人の主張は理由がない。かつ、本件土地等の評価が前記のとおり売買当時当事者間において適正になされたものである以上、本件売買が公序良俗に違反するとの控訴人の主張も亦理由のないこというまでもない。なお控訴人は、本件土地につきいまだ移転登記がない以上被担保債権は消滅せず、被担保債権が消滅しない以上弁済を条件に本件土地を取戻しうる旨主張するけれども、その理由のないこと右認定の事実に照らし明白である。

四、以上のとおりであるから、控訴人は、被控訴人に対し、本件売買契約に基づき昭和二五年一〇月三一日売買を原因とする所有権移転登記手続をする義務があるというべく、これが履行を求める被控訴人の本訴請求は理由がある。よつて、右請求を認容した原判決は正当で本件控訴は理由がないからこれを棄却

(裁判長裁判官 岡野幸之助 裁判官 入江教夫 高橋欣一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例